毎日毎日、心のどこかでやめたいと思いながらも、そこできっぱりとたばこをやめると決断できず、決断したような気になっても、時間がたつと、たばこが欲しくなる。
そんな毎日を過ごしていて、また、そんな毎日にウンザリもしていました。
自己嫌悪の毎日です。
たばこがないとストレスを感じ、たばこを吸ってもストレスを感じる。どちらにしてもたばこに関すること全てがストレスになっていました。
ストレスを解消するはずのたばこなのに、私にとっては、本当は吸いたくないのに、吸ってしまう、ストレスの原因になっていたのです。
私は特に健康を害していたわけでもありません。たばこをやめなければいけないような大きな出来事には、ひとつも直面はしていませんでした。
だから、たばこをやめたいと思うようになったのは、小さなことの積み重ねです。
たとえば、子供に与える影響を考えたり、テレビで「動脈硬化の原因はたばこですよ。」というのを見たり、年とともに、ずっと同じ化粧品では合わなくなってきたり、タンが喉でからむ感じがいやだったり、そういうことを考えているのに、たばこをやめられない自分がすごくイヤになったり。
人によって、理由はさまざまだと思いますが、私の場合は、そんな風に、たばこをやめたいというキモチが日々蓄積されていくように、すこしずつたばこをやめたい。禁煙したい。という思いが大きくなっていきました。
そんなふうに、心がどんどんとたばこを拒否しているのに、体はたばこを求めてしまう。
ものすごく理不尽な毎日です。
そして、理不尽だと分かっていても、やめられないのが、ニコチン中毒の怖いところ。
たばこが吸いたいのは、私の気持ちではなく、体が求めているのです。
こんな状態だと、トイレに行きたくないのに、尿意を感じてトイレに行くのと同じような感覚です。