たばこのことを考えないように気をつけていると、たばこのことばかり考えていた前日よりも、ずっとラクに時間が過ぎていきました。
ただ、たばこを吸いたいような気持ちはやはり起こります。
たばこが吸いたい!というふうに強く思うわけではなく、
このぼんやりした感じをどうにかしたい!という感覚です。
たばこを1日1本にした時点で、たばこの味、という意味では、すでにおいしく感じなくなっていたのですが、たばこを吸うと、ものすごく頭に血がのぼって、それと同時にものすごく頭がスッキリして、やる気が出て、テキパキ動けるようになるなーという感覚はあったのです。
そのスッキリ感を味わったとき、
たばこを止めると、いつもいつもこんな感じで毎日やる気に満ち溢れた生活が送れるようになるんだなー。
と、ものすごく、禁煙がんばろうと思ったのですよね。
それで、全くなにもかもがやる気が出なくなってしまって、その原因も本を読んで分かっているんですが、
たばこ吸うとシャキっとするんだよねー
という思いは消えなくて、ぼやーっとしていると、ふと、「ここで吸うとラクに。。。」なんて思いはじめてしまうので、そんなときは、子供をつれて外へ遊びに行ったり(実際いつもよりも多くの時間を外で過ごしていました)何か気のまぎれることをするように心がけていました。
なんというか、ほんとに地味ーにツライんですよね。
アルコール中毒などのように、お酒を求めてのたうひまわったりするほどでもな、地味ーで曖昧な禁断症状が出るのがニコチン中毒の禁断症状で、これがほんとに地味なので、まず周りは気付かないでしょうし、自分自身も、「たばこが吸いたいのか?」「なんとなく手持ち無沙汰だからたばこが欲しいのか?」明確な線引きが自分自身のことなのに出来ないんですよね。
そんな曖昧なものなので、それをつきつめて考えてしまうと、結局はたばこのことをものすごく考えてしまうことになってしまうので、それがニコチンが切れたからたばこを求めているのか、そうじゃなくて、なんとなくそんな気分になるのか。それとも、ぼんやりしてしまう感じをどうにかしたくてたばこを求めているのか?なんていう答えは自分で出さないようにつとめて、とにかくたばこのことは考えない!というふうに自分に言い聞かせて、1日をやり過ごして、長い時間起きていると、やはりそれだけたばこのことを考える時間も多くなるし、うちはだんなさんが喫煙者なので、どうしてもたばこが目に入るし、たばこは外ですってもらっていましたが、だんなさんがたばこを外で吸ってきた後のニオイもやはりたばこのことを考える引き金になりますので、子供たちを寝かしつける9時に一緒に就寝んしてしまいました。
いろいろ書いていて、ものすごく苦しいイメージを持たれる方もいるかもしれませんが、そんなことはないのですよ。とにかく、丸1日、たばこを吸わずに過ごすことが出来ました。
♯ たばこのことを考えなければそんなに禁煙はつらくない。
♯ たばこのことを考えなければ、代替品も必要ない